復讐や仇討ちをすると
カルマの輪から抜け出せず
復讐劇が繰り返されるということ
について、解説していきます。
(鏡の法則、カルマの法則)
昔は、復讐や仇討ちは正義で、
賞賛さえされました。
なぜなら、暴力が
まだまだ、まかり通っていて、
勝ったものが正義、強いものが正義
といった風潮があったからです。
また、味方や家族がやられたら、
復讐することは味方思い、
家族思いであり、正義のために
自ら危険に乗り込んでいく
勇気を持っていると賞賛された
わけです。
確かに、争いの絶えなかった
戦国時代では、そのような
考え方が発生するのは、
無理もない事です。
実際に、味方や家族など
身内の命を敵に奪われて、
歯がゆく悔しい思いを
している人で溢れかえって
いた時代だからです。
そのような人達からすると、
復讐や仇討ちを実際に
行動した人物を見ると、
「よくやってくれた!」と
心が開けて、賞賛して
しまうわけです。
しかし、時代は流れまして、
今のような平和な日本に
なりましたら、鏡の法則の観点
からすると、復讐や仇討ちは、
あまり推奨されないものと
なります。
なぜなら、復讐すれば、
今度は後で自分が復讐され、
延々と復讐劇が繰り返される
からです。
そのようなことを繰り返して
おりますと、いつになっても、
カルマの輪から抜け出せない
のです。
仇討ちも同じですね。
仇を討ったら、今度は、
その家族などから仇討ち
されます。
復讐しては復讐され、
仇討ちしては仇を討たれる。
そしてまた、その身内が
復讐しては、さらに復讐されると、
延々と続いていきます。
ですから、鏡の法則の観点から
申しますと、復讐や仇討ちは、
すすめられないということです。
しかし、どうしても許せない事は、
人生において、色々あります。
ですから、どうしても
やり返さないと気が済まないと
いうこともあるでしょう。
そのような場合は、
強度を落としてやり返す
というコツを知っておいて
ください。
暴力を暴力で返したら、
延々と暴力の輪が続いて
しまうのです。
ですから、暴力で返すのでは
なくて、もっと強度を落として、
たとえば、警察への通報、訴訟、
怒鳴り返す、その相手の上司や
ボスに訴えるなど、暴力よりも
強度を落とすということです。
もちろん、鏡の法則が作用して
いますから、そのやりかえした
行為も、後で自分に跳ね返って
きます。
しかし、暴力に暴力が
返って来るよりも、通報されたり、
訴えられたりする方が、
強度は減少するので、
こちらとしても耐えられるわけです。
すると、暴力の輪からは、
いったん離れられます。
今度は、訴訟の輪から
抜け出さないといけないのですが、
要するに、少しずつ強度を
下げて行けば、いずれは脱却できる
ということであります。
もちろん、全くやり返さないのが、
鏡の法則の観点から言えば、
それが理想です。
でも、絶対に無理という場合は、
強度を落としてやり返すコツを
覚えておいてください。
ちなみに、暴力を振るってきた
相手も、当然ながら鏡の法則により
自分に返ってきて、必ず報いを
受けます。
その相手も、後で必ず、
同じように暴力を振るわれます。
このことを知っていれば、
やり返そうという気持ちも
少しはおさまるかと思います。
「必ず報いを受ける」とか
「必ず天罰が下る」と考えて、
気持ちをなだめるのも
良い方法です。
そして、実際、確実に報いを
受けますし、天罰が下ります。
いずれにしましても、どうすれば
積んでしまうカルマを最小にできるか、
ここにご留意ください。
以上、復讐や仇討ちをすると
カルマの輪から抜け出せず
復讐劇が繰り返されるという
お話でした。